佐渡市地域おこし協力隊サイト

佐渡市地域おこし協力隊全メンバーによる活動報告のサイトです

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文化/伝統

年末を間近に控えた昨日の日曜日、赤泊・徳和地区の鎮守・徳和神社の氏子当番である浦津集落当番は神社の年明け準備として、しめ縄作りの為、粉雪舞う中、神社へ参りました。かく言う私は当番の代理で出席、縄を編んだ事のない未経験者ながら、裏方に徹しました。

鳥居、御神木、神社入口、神殿前、神殿入口、神殿と6か所の大小2種類6本ものしめ縄作りです。これらを、稲藁から作るのですから、想像しただけで、大変です。(^_^;)

先ず、お参りし、全員でお神酒を頂いた後、最初の作業は、用意した大量の稲藁束をほぐし、数本単位で、折れ枝や葉を除去し、選別します。これを編手へ渡し、編手は編む縄の太さを決め、藁を束ねそして、編んで行きます。その手さばきたるや匠の技で、手のひらで依りながら2本の撚り束を編み込んで行くのです。「手唾」はご法度、神殿に捧げる為、無礼は禁物です。寒いのに、清水に塩を溶かした水を手にしながら編んで行きます。場所によっては、お神酒を使うそうです。

朝8時から始めた作業は昼過ぎには何とか終了出来、その後は昼食を兼ねた慰労会となり、再び、大量のお神酒を頂戴しました。(-_-;)

今の時代、当地の様に稲藁からしめ縄を作っている地域がどれほどある事でしょうか、この様な経験が出来た事を神殿へ感謝して来ました。皆さん、大変お疲れ様でした。<m(__)m>

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Sado in Niigata, Japan have heaps of marvelous treasure in the whole island throughout its history.

In the early 17’s century in Japan, there was a gold rush in Aikawa town ,Sado and so many people flocking to the town from all over the place in Japan with their dreams of making a fortune at one stroke.

Consequently, population of the town became approx. 40,000 people in Edo age( 1603-1867) and Aikawa was changed into a leading commercial town not only in the island but also at the time of Japan.

Although many people had been remained in the town after the great rush of business in relation to Gold & Silver mining, some people had moved to other area of the island and has been running their own life respectively.

Eventually, nowaday society of Sado island has been consisted of almost these people with accumulated historical backgrounds. 

For your information, the mining had produced 78 ton of Gold and 2,330ton of Silver during 1601-1989 as the biggest Gold & Silver mine in Japan.

Hope the heritage for mining facilities in Aikawa + other mining in Sado to be registered as UNESCO World Helitage sites in the near future!!!

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道普請(みちぶしん)をご存知でしょうか・・・。佐渡に住んでいると極自然に耳にする言葉です。元々「普請」は仏教用語で、禅宗の教えだそうです。室町時代、江戸時代にその信者が力を合わせて作業に従事するという意味だったそうですが、21世紀の今もこの言葉は健在のようです。

昨日早朝、当隊員が居住する浦津集落の道普請があり、参加しました。女性を含む20名程が徳和・山寺集落に集結し、浦津集落へつながる旧街道を整備(草刈・水路整備)しました。

集落住民が力を合わせこの様な勤労奉仕をすることは、正しく集落の結束力の現れだと感じました。
今後もこの古き良きしきたりが継続する限り、我が集落の将来は輝かしいものだろうと思いました。浦津集落の皆さん、大変お疲れ様でした。<m(__)m>
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高千・外海府担当の中村です。


先日、 北田野浦へBSN新潟放送の番組取材が入ると聞いて私も同行してきました!

取材した場所は、阿弥陀堂です。

別名、その名も”おっぱい堂”です。


言い伝われた話によると、

昔、沖に出た集落の人の船が霧の中で流され迷子になってしまったが、

この阿弥陀堂から光が放たれて、その光のおかげで陸に戻ってこれて助かったらしいです。


この阿弥陀堂に関する巻物に色々書かれているようですが、文字が解読できないみたいです。。

でもご利益があることは昔から言われており、

お乳が出なくなったお母さんたちがお参りに行ったそうです。

そのとき作った絵馬が、おっぱいの形をしているので「別名:おっぱい堂」と言われているそうです。

絵馬は布で作られており、 以前は境内の中にたくさん並んでいたそうですが、

盗まれたりして今では数が減ってしまいました。

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取材当日は、阿弥陀堂の解説役のおじいちゃんや集落の方たちとBNSのアナウンサーと一緒に撮影に同行しました。


地元の人でもあまり知られていないこの阿弥陀堂をどこで知ったのか番組スタッフに聞いてみると、

このパンフレットを見つけて面白そうな場所があったので是非取材したいと思ったんです!

と話していました。


「佐渡たかちぶらぶらガイド」です。

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何年か前に作られた地元密着型の観光パンフレットです。


ちなみに同日には、同じ北田野浦集落にある食事処「赤ちょうちん」や、石名の天然杉、外海府・関の国民宿舎 海府荘なども取材があったそうです。


まだまだ他にも高千・外海府の穴場スポットがあるので私も行ってみたいと思います。 
 


是非、この番組も皆さんご覧ください!

全国放送(BSチャンネル)と新潟県内放送(地デジチャンネル)両方ありますよ★

チェックよろしくお願いしますー!
 

■放送予定■

★番組名:JNNふるさと紀行「ぐるっと大佐渡 自然の奇跡に出会う旅(仮)」

★放送予定日:BS-TBS 
         2014年7月19日(土)12:00~12:55「JNNふるさと紀行」

         BSN(新潟放送)
         2014年7月21日(月・祝)13:55~14:50

★出演:新海史子(BSNアナウンサー)、三石佳那(BSNアナウンサー)

http://www.bs-tbs.co.jp/documentary/KDT1101900/



新穂に引き続き、岩首でも芸能道具の管理保存相談会がひらかれました。
 
今回はお隣同士の岩首地区と松ヶ崎地区合同での開催とさせて頂きました。


祭りを続けていくのに祭り道具の管理保存はとても大切な事。

祭りには様々な道具が登場します。

太鼓、笛、鬼の面、獅子頭などの他にも各集落で衣装も様々。


 
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車座になり、皆さんあれこれと聞いていました。

隣の地区の祭りについては知らない事だらけ。「へ~。」と他集落の人の話に耳を傾けてみたり、「おらっちのとこと同じだなぁ。」と頷いたり、お話をして頂いた宮本卯之助商店の岡部さんの言葉にぎくっとしたり。

私が印象に残った言葉は、
「獅子でも鬼の面でも、目と耳は大切にしてください。神様は目と耳を通して祭りを見ています。」

面をかぶったら鬼になる。
お宮を出発してからは、いつもそこに神様がいるのだと、わかっていても心に刺さる言葉でした。


そして、お話終了後には参加者全員で懇親会。
この懇親会には参加者全員が参加してくれて、地区を越えて一緒に飲んで、話しました。

たいした事ないように感じるでしょうが、私にとっては岩首・松ヶ崎地区の皆さんが一緒に楽しい時間を過ごしてくれた事、お互いに初めて一緒に飲む人がいた事がとても嬉しかったのです。

地区を越えて、共通の話題のもと集まって飲む。

協力隊になってからやりたかった事の1つでもあります。

声をかけて頂いたNPO法人佐渡芸能伝承機構の松田さん、遠くから来てくれた岡部さん、そして参加して頂いた集落の方々、お料理作りを手伝ってくれたおばちゃん。

皆さんありがとうございました。




賑やかな宴会は日付が変わる頃まで延々と続いたのでした。

好きんもんが一緒なら、話はつきないのですね。


 

昨夜、新穂のとある場所に、珍しい顔ぶれが集まりました。
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大野の獅子や鬼、新穂中央の鬼、瓜生屋の獅子に、佐和田二宮の鬼面まで…
なんだか神様の会合のよう!

これだけ勢ぞろいしたワケは、浅草で文久元年から芸能具の製造販売・修理をされている宮本卯之助商店さんが佐渡に来島、この日は新穂で一夜限りの芸能具の管理・保存相談会を開いて頂きました。

宮本卯之助商店岡部さんから投げかけられた言葉は、どれも職人からのメッセージ。
鬼面を見ながら「皆さん、神様と思って接していますか?」との一言。
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重みのある言葉に、一同考えさせられた夜でした。
自分も太鼓を打つこと、太鼓との接し方を改めなければ…。

ひとつひとつの面や獅子頭を見ながらの解説は、なんだか学校の講義のようでした。
各集落の芸能具が一同に会すというのも、滅多にないことなので、大興奮でした!

ご参加頂いた皆さん、ありがとうございました!
芸能具の扱い方も、鬼太鼓を継承していく上で、芸とともに
後世へと伝えていって欲しい大切な知恵の一つです。


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岩首地区の真ん中、豊岡集落は急な斜面に家々が建ち並び他の集落とは雰囲気が違い、趣きを感じる集落です。

毎年6月の21日に近い日曜日に行われる東福寺での「虫干し」。

お寺の中には、ずらっと年季の入った12の黒い箱。

中には、10巻づつに分けられたお経が50巻。ということは全部で600巻!



1束づつ箱から出し、最初に一度箱に向かってお経を叩き付け、「大般若波羅蜜多経~」と題名や巻数、最後の行を読みながら蛇腹折りになったものをパラパラとめくりながら 埃とりをします。そして、また最後にもう一度箱にパンっと叩きつけ、次の巻へ。


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このパラパラとしていく作業がなかなか大変!人それぞれ色々なやり方があるようです。


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本来であれば12人すべてお坊さんがやるのが好ましいようですが、小さい集落でその資金を賄うのは大変な事。
大切なお経を今に伝えるためには、集落の人の力で守っていくしかないのです。

東京で暮らしていると、このようなお寺や神社の行事を体験したり、身近に感じる事はありませんでした。

佐渡には本当に多くの神社仏閣が残っており、小さな集落であっても1年に1回のお祭りを欠かしません。

そこに住み続けるために、隣近所との繋がり、集落で守っていくと言う意識をとても感じます。


そんな思いが重なりあって、先人たちから受け継ぐ財産がたくさん集落に残っているのだと感じる行事でした。



、 




担当地区の1つ、片野尾集落には

「片野尾歌舞伎」

という伝統芸能があります。

その名の通り歌舞伎です!


みなさんは佐渡に歌舞伎があるのを御存知でしたでしょうか?


今の佐渡の若い世代は知らない人が多いと思います。

無論、佐渡出身の私もその一人であり、この地に来るまで全く聞いたことがありませんでした。

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明治に旅役者から伝承されたのがこの片野尾歌舞伎の始まり。

戦争や時代の流れで歌舞伎が何度か中断されるものの、

「歌舞伎保存会」を昭和にいち早く結成し、今に至ります。


片野尾歌舞伎の定期公演会は二年に一度。
その第18回目が、5月25日(日)に片野尾の公民館で行われました。



本番に向けて役者の方々は今年の2月頃から稽古に励んできました。

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舞台や照明、音声も地域の方々だけで仕上げるのが片野尾集落の凄いところ。
地域の人達って本当にたくましいなと思います。


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そんな私も今回、家来役として出させて頂きました!



―本番当日―

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朝早く集合し、午後の開演に向けてメイクや着付けが始まります。


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化粧はまず、眉を脂(片野尾の人はロウと呼びます。)で潰し、次に顔全体に脂を塗ります。
これで化粧のノリが良くなるそうです。



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ロウが塗り終わったら白粉を塗り、隈取(歌舞伎独特の化粧法)をしていきます。



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化粧を専門に行う顔師の方(普段は片野尾の漁師さん!)

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みなさんどんどん仕上がっていきます。



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自分も歌舞伎メイクに初挑戦!!!
なんか、これはクセになります…!!




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開演まで化粧が崩れないように黙々と待ちます。

異様な緊張感…





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前座として水津の鬼太鼓、舞踊などが披露され、



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そして歌舞伎の始まりです!



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今回の演目は「奥州安達原 袖萩祭文の段」。

片野尾集落のみなさんの間では、人気の演目のようです。
人気の理由は何といっても、中心人物として出てくる子役の演技です。

子役は片野尾の小学生。

集落のみんなの孫のような存在の名演技に、冒頭から拍手が生まれます。

小学生とは思えない演技。その完成度から稽古の量の多さが伝わってきます。





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腰元役の2人は片野尾の若きレディース。

この2人も子役を経て今、この舞台に立っています。




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要所要所に、ベテランのきわ立つ演技。




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黒子は歌舞伎保存会の部長。今回の歌舞伎を、稽古から常に雰囲気良く牽引してきました。

義太夫は部長の父。親子二代!そして子役は部長の娘さんなので親子三代!がこの芝居を支えています。




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終盤になるにつれて、話も盛り上がって行きます!





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自分もセリフ等ありませんでしたが、一生懸命演じました!!




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一人ひとりが、


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最後まで気持ちを込めて…。




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こうして無事、今回の片野尾歌舞伎定期公演会が終わりました。
大きな拍手が、最後に会場を包みました!






二年に一度の公演。

片野尾歌舞伎の歴史を築いてきた名役者の方々も、年々その姿を消し、

片野尾歌舞伎をこれからも続けるか、続けないかというのは問題にもなっています。


それでも、

「片野尾歌舞伎は続けていかなければいけない」


という志のある人達のもと、
今回の公演は開かれました。






伝統とは「苦しみ」なのか「喜び」なのか。


そんなことをふつふつと、私は考えていました。


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確かに苦しみであるかもしれませんが、

公演会後の慰労会のみなさんの笑顔を見たら、

苦しみの先に必ず喜びがあると感じました。




後継者不足により、伝統芸能というものも今までのようには存続していけない中で、
かたちを変えていかなければいけない部分もいっぱいあり、


「片野尾歌舞伎とは何か?」というのはとても不鮮明なものになっていくかもしれません。


それは佐渡の他地域の伝統芸能にも言えることだと思います。



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それでも、一つの伝統芸能に、集落が一つになれるということは、

片野尾歌舞伎が、集落の人々の元気の「源」の役割を果たしているということです。






二年後の歌舞伎公演は、地域おこし協力隊として任期中最後の年。
私も、今度はセリフのある役をやらせてもらえるようなので、気合を入れて頑張ります!



今まで片野尾歌舞伎を知らなかった人、また今回観れなかった人は、是非二年後見に来てください!



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たくさんの方達が観に来て、観客として芝居を盛り上げ、この島全体で、片野尾歌舞伎を盛り上げていきませんか?


それが、これからの伝統芸能の新しいかたちなのかもしれません。




―水津地区担当 岩﨑―


※この記事を書くにあたり、たくさんの写真を提供して頂きました。誠にありがとうございました!

赤泊の街並みから小木方面へ約半里ほど西へ向かった柳沢集落はずれに奇妙な看板があります。表示には瘡森社<おさすりさん・性の守り神>とあります。この標識から山側へ100m程奥手にそのお堂があります。案内板の文字は風化し、読めないので「赤泊村史」を紐解いてみました。

それによると、赤泊は古くから港町として栄え、伴い、遊女屋も繁盛しており、そこで働く女性たちにとって大切な信仰の対象がこのお堂だった様です。お堂の中には瘡(かさ・・・皮膚病)を守る仏様が祀ってあるそうです。それが現在に至り、どういう訳か性の守り神=おさすりさんと言われ、男性のシンボルの石碑が祀られる様になった様です。

今でも多くのサポーターによりこのお堂は守られているそうです。赤泊お越しの際は是非お立ち寄りください! <m(__)m>

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鬼や獅子を舞うときの精神論を語る人はそう多くはいないように思います。

7日の夜、瓜生屋の練習へお邪魔しました。本番を12日に控え、仕上げに入っている段階だからでしょうか、所作に対する細かい修正と共に、舞に対する心持やその時の感情まで役に叩き込みます。
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ある人が、「自分たちは演者なんだ」と仰っていたのを思い出しました。

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鬼太鼓の舞いに込められたストーリーをすべて理解することはできなくとも、獅子との駆け引きや鬼のバチ捌きは観ている側を魅了するだけの感情がそこに籠っていなければ、唯の「動作」になってしまいかねません。

舞の終盤、鬼が再び太鼓の前へ獅子を引き連れて戻ってきたとき、先輩から「楽しくやるんだ」とアドバイスが。
正直、自分としては予想外の言葉でした。楽しく???
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しかし、良く考えてみると、人々の厄を太鼓へと収め、ある意味厄との戦いに決着をつけたときの充足感に、鬼は満ち溢れているのかもしれません。そう思うと、今まで以上に鬼が生き生きとして見えてきました。
観る側も、想像を膨らませながら舞いを観ると、一層面白味が湧いてきそうですね。

私自身、太鼓を打ちながらも悩みが尽きませんが、役をやっている人はそれ以上の葛藤と戦わなければならないのだろうと思います。悩める後輩たちに、先輩からは「自信を持ってやれ」。
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祭りを経験して成長していく、演者へと成りきっていく過程も見ものです。

瓜生屋の本番は4月12日(土)です。


祭り本番間近、ついにこぼれ噺最後の目的地、正明寺へやってきました。

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正明寺の鬼太鼓には獅子がいません。だからといって、その分鬼が派手に動き回るわけではなく、どちらかというとゆったりとした、丁寧な踊り方に見えました。

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ちなみに、鬼は面の鼻に通した紐をくわえた状態で踊っています。面がずれないためなのですが、これによって息が出来ず、踊って息が上がる以上の辛さに鬼の人は堪えなければなりません。

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側で観ていると、鬼の息遣いが聞こえてきますよ。

「うちらは人数も少ないし、他と比べて緩いから...」そんな前置きが、行く前にありました。

黒鬼さんが1人、白鬼さんが1人、そして太鼓の裏打ちが4人。

確かに人数は少ないのでしょう。黒鬼さんが20代後半で青年会のなかでは最年少、その下は彼らの子供たちまで人がいないという、皆川集落と同じような厳しい状況です。

ですが、実際練習を見学させて頂き、鬼太鼓に対する想いを伺っていると、「他と比べて緩い...」という例えは、少し違うと感じました。

練習の厳しさや緩さというのは、伝統芸能を継承していく上で、あまり重要ではないように思います。
佐渡の鬼太鼓が、佐渡の人たちの生活の一部として生き続けているのは、伝えて行こうという想いと、「我が一番だ」という誇りがあるからだと、新穂の鬼太鼓を回っていて率直に感じました。

正明寺も然り、ここにも熱い想いを持って鬼太鼓を自分の子どもたちの代へと繋げたいと語れる若者がいます。

「語るからには自分が何より頑張って見せんなん」
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新穂の鬼太鼓を観て回って歩いた1ヶ月。
その芸能の素晴らしさ以上に、それを受け継ぐ「人」の魅力に憑りつかれた1ヶ月でした。

正明寺の本番は4月15日(火)、本宮は朱鷺でも有名な「石動神社」です。





赤泊には幾らかの歴史を伝える名所・旧跡があります。今回ご紹介させ

て頂きますのは、日蓮聖人が赦免され、2泊滞在し鎌倉へと船出した赤泊

・真浦の地です。「波題目の碑」を始め、「日蓮堂」、「参拝碑」など様々な

霊蹟があります。佐渡一周線、県道45号を赤泊から小木方面へ向かう道路

に面していますので、比較的解り易いと思います。

「波題目」とは日蓮聖人が沖に向かう船の上から題目を唱えたところ、去り

ゆく船の揺れている海面の月影が、水面に「南無妙法蓮華経」の銀字として

現れたと古くから伝えられています。

この地は佐渡市指定史跡また佐渡100選にも選定されています。

今から740年まえの1274年の出来事を、時を超えて思い浮かべるのも、

歴史の楽しみ方かもしれません。

当地へお越しの際、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。DSC04132

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4月に入っても、佐渡は冬の寒さにまだまだ身震いする夜が続いています。

昨日も雪がちらつく冷たい夜でしたが、青木の熊野神社からは太鼓の力強いリズム。
寒さに負けず、お宮の外での練習がこの日も始まりました。

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青木の白鬼さん、体格も良いので見ごたえがあります。
白鬼の面は、その迫力と、品のある表情が観る人を魅了します。映画『佐渡 テンペスト』でも使われた面だそうですよ!

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そして、裏打ち練習中の自分としては、見逃せないのがバチの細さ。鬼の持つバチも、太鼓を叩くバチも新穂の他に比べてとても細い印象です。
また、「太鼓がかり」と言う場面での太鼓のリズムも青木独特のものでした。ちなみに口太鼓では「デデスコデンデン」。軽快なリズムでとても心地よい音です。

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獅子との場面でも、鬼のバチに引きつけられる獅子が、ぐ~っと高く上まで伸びあがります。
獅子の人は、重い獅子頭を片腕で持ちながら、その腕を頭の上に回した状態で演舞しています。その状態から伸び上る動作は、考えるだけでしんどい。。。

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青木鬼太鼓、佐渡でも有名人?のブラジル人のカルロスさんが副会長を務めています。そのせいか否か、AETの先生も太鼓を叩きに来るのだそうです。佐渡の芸能を広く伝えて行こうとする青木鬼太鼓、人数が少ない現状もありますが、鬼太鼓へかける想いはやはり熱いものがあります!

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青木の本番は、4月15日(火)です。15日も青木、長畝、正明寺と盛りだくさんな一日になりそうです。

「新穂は鬼太鼓天国でしょ。」

先日、新穂大野の鬼太鼓にお邪魔した際、ご一緒させて頂いた佐渡芸能伝承機構の松田さんから言われた一言です。

新穂へ来るまで、この地域がここまで鬼太鼓が盛んだとは思っていなかった自分にとって、祭りまで1週間を切った今、すっかり「鬼太鼓天国」にどっぷりと浸かっている生活が何とも不思議な、それだけ祭りへ注ぐ力の大きさに日々驚かされています。

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大野は新穂のなかでも、鬼太鼓へ注ぐ力が真っ直ぐで、観ているこちらも背筋がピンっとなる雰囲気があります。大野の鬼太鼓は、佐渡じゅうでもここだけという独特な舞いと太鼓のリズムも持っています。初めて観る人は、きっと「ここは本当に佐渡?」と疑うような、鬼は歌舞伎のような型、太鼓の音色も大野流。

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大野の獅子、とにかく体制が低いのも有名です。まるで生きた獅子のよう…。この態勢を身体に叩き込むには相当の基礎練習がなければ出来ません。

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佐渡島内の人口が減っていくのに対して、鬼太鼓組の数は早々には減らない現実。佐渡の人たちにとって、祭りや鬼太鼓がいかに生活の中で大きなウェイトを占めているのか、思い知らされます。

大野の祭りは4月13日(日)です。新穂の日吉神社での奉納は夜8時頃を予定しています。この日は新穂の主流を行く舟下と、新穂の我流を行く大野の鬼太鼓が観れるまたとない機会です。

皆さん、是非新穂に足を運んで下さい!


祭りの日には、晴れた青空がよく似合います。

笛や太鼓の囃子の音もぐーんと伸びて聞こえるような気がします。


岩首集落では、春休みの小学生の子達の声が聞こえます。
 
さて、今回は集落の子供たちを連れて他の集落のお祭りを見学しにきました。


佐渡の祭りは多く、日にちが重なっていたりして他集落 の祭りに行けないこともあります。
これだけの芸能が継承されているのに、見ないのはもったいない!


毎年4月1日におこなっている杉野浦の祭りへお邪魔し、小獅子舞と大獅子の門付けを見学しました。
昨年は、笛のお手伝いをさせて頂き、初めて吹く2穴の笛の音が何とも不思議な世界に連れっていってくれました。

岩首の祭りには前浜型の鬼太鼓と大獅子がでます。

子供たちも普段見ている祭りと違う雰囲気に興味津々のようでした。

「なんで獅子の頭に付いてるものが違うの~?」

「太鼓はどこにあるの~?」

あれこれと質問が飛び交います。

集落の方々にも沢山遊んでもらい、お家にも上がらせてもらい、違う集落の空気をいっぱい吸収した時間になったかなと思います。


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最後は子供たちとお宮参り。




私自身の事になりますが、小さい頃から沢山の人と出会わせてくれる環境を両親が与えてくれた事が本当に今に繋がっていると思います。

色んな人と話す事。

色んな景色に出会う事。

感動したり、誰かに怒られたり、失敗したり、成功して褒めてもらったり。

私もこれからの人生、もっともっと佐渡でそんな感情に出会いながら暮らしたい!

佐渡には心を揺さぶられる人も物も景色も沢山あるから、私が出来る範囲でそれらに子供たちが触れる時間をたくさん作れたらと思っています。
  

元気いっぱいの子供たちの声が集落にこれからも響きますように。















 

新穂担当のおがです。今日も今日とて鬼太鼓のお話♪

佐渡には鬼太鼓組の数だけ鬼太鼓があると言われるほど、
それぞれに特色があります。
舞や太鼓の調子の違いなど、鬼太鼓自体の特色の違いも
もちろん興味深いですが、各集落を回っていると鬼太鼓を
伝承していく方法の違いや、集落の現状も見えてきます。

先日は、新穂の最も金井寄り、皆川へ鬼太鼓の練習にお邪魔致しました。

若い人が少なく、また30代後半〜40代の上がすっぽりと抜けており、
その上は60代〜70代の方々が現役です。

親子共演もザラじゃなく…。

以前は女人禁制が当たり前でしたが、現在は女性を受け入れている集落も
増えてきました。皆川では、現在のところ女性は入っていませんが、
この日も鬼太鼓好きな女の子がお父さんに連れられて道場に来ていました。
私個人的な意見ですが、彼女が太鼓を打てる環境に将来なったらいいなと思います。


人が少ないなかで、期待の助っ人がUターン組!
「自分は全く打ったことがないから、試験にパスしないと本番打てないんだよ〜」
なんて笑いながら仰っていましたが、太鼓をたたく姿は真剣そのもの。
何事も始めるのに年齢は関係ない!本番の登場が私も楽しみにしています!



皆川の本番は4月12日。当日の門付けは、一軒一軒丁寧に回るのだそうです。
門付けは、各戸で鬼が舞い厄除け、五穀豊穣を祈って行われます。
迎えるお家は、ご馳走でもてなし、お花代を気持ち渡します。

古くから生活と密着してきた文化や習慣は、なにぶん時代の変化に
影響を受けやすいものです。時代と共に人の暮らしが変わって行けば、
消えて行ってしまうものもある中で、鬼太鼓は現在まで生き続けている
貴重な文化だということを、改めて皆川の方々から教えて頂きました。

生活スタイルが変わっても、人が居続ける限り、守られて行ってほしいですね。

 

お彼岸の夜、佐渡は雪もちらつく寒い夜になりました。
新穂担当おがわ、昨夜は舟下鬼太鼓の練習を見学させて頂きました。

こじんまりとしたお宮の中での稽古。若手も大先輩も見据えるは4月13日本番です。



新穂の中でもいくつかの鬼太鼓の練習を見させていただくと、
皆それぞれやり方や、雰囲気が違って非常に面白いです。



舟下では、大先輩から先輩まで、経験者が稽古中次々と鬼や獅子役に声をかける姿が印象的でした。
あらゆる人からのアドバイスや意見にもみくちゃにされながら、舞を自分のものにしていく過程は葛藤も伴うはず。



鬼や獅子の稽古では師匠が付いて指導する場合が多いように思いますが、舟下の場合は
皆が師匠になり得るし、誰もが常に進化をし続けようと、相手の長所を取り入れながらも
自分のかたちを作っていく...正しく「切磋琢磨」という言葉が相応しい環境が出来ていました。



高校生の期待の新人も今年は獅子頭をやるようです。
若い世代と昔を知る世代が同じ空間にいる…何とも貴重な場所ですね。

練習後もお酒を交え(高校生の子はもちろんジュースですが)ながら、鬼太鼓の話で盛り上がるのを見ながら、この先もこの光景は続いていくんだろうなぁと思える、そんな熱意に感動しっ放しの夜でした。



舟下の皆さん、見学をさせて下さって本当にありがとうございました!

小川(新穂)

新穂まち今昔より

4月は新穂の山王祭りです。
着任して初めてのお祭りにワクワク、そわそわしている新穂担当おがわです。

今日は、地元理容室のシバヤマさんでお借りした『新穂まち今昔』という昭和58年に発行された本でお勉強。

目次には「鬼太鼓」という項目がしっかりと載っています。
佐渡出身の母を持つ私ですが、鬼太鼓の鬼はずっと悪者なのだと思っていました。
(ちなみに母は佐和田出身なので、新穂の鬼太鼓とまた違うものです。)

新穂まち今昔にも、『日本では「おに」は「おん」から出たもので、「おん」は「隠」であり「怨」であり…(省略)、人の目には見えないもの』、『この眼に見えない「何かが」鬼と想像され、眼に見えない暗闇と結びついて…。』と、やはり何か不気味な存在とあります。

しかし、これら恐怖や不安から私たちを守る手段として、果ては超人的な力を持つまれびと、善良な鬼が生まれたとも書かれています。
つまり、我々の氏神さまの祭礼に、この「まれびと」である鬼が身近にやってきて、悪霊を追い払ってくれるという信仰が、鬼太鼓としてこの地に受け継がれてきたようです。
時代と共に変化しながらも、今日も生き続ける新穂の鬼太鼓、掘り下げられるところまで掘り下げたいと思います。

※新穂の鬼は、基本「善」の鬼だと考えられますが、集落や他の地域ではまた、違った解釈もあるようです。
 

寒いですね。
寒波到来で海府は一面真っ白 吹雪いています。
私の家も水道が一部凍結してしまいました。

立春の昨日 真更川地区で「百万遍念仏講」が行われました。
ニュースなどでご覧になった方もいらっしゃると思いますが
100年以上続く伝統行事です。
大数珠を皆で持ち「南無阿弥陀仏」の念仏とともに
地域の安全 無病息災 五穀豊穣 大漁満足などを祈って
1000周回ります。

その昔、木喰上人として知られる弾誓上人が
大佐度の山中にある「山居」の地に滞在した際
麓の真更川集落とも深く交流を行っていました。
この行事もその縁が元となり代々受け継がれているそうです。



夏頃の山居の池。弾誓上人が修行した光明仏寺近くにあります。
緑がうっそうと生い茂りとても神秘的な空間です。



長さ23m重さ30kgもある大数珠。広げるとホールいっぱいに。
約250年前頃に作られたとされる数珠は桜材で出来ており
玉数は大3個小977個あるそうです。
(当日人海戦術で数えました。誤差がある可能性もあります)
この大数珠は佐渡市の有形民俗文化財第1号に指定されています。



起点となる大玉。ずっしりとした重さ。
この玉が正面に戻ってくると1周です。



大数珠の輪の真ん中には祈祷札。
数取役が数珠が回った数を記していきます。
数取役は集落の長老が行います。
約1000個の玉の数珠が1000周回る=100万という解釈で
百万遍とされています。



朝9時をまわった頃ゆるゆると始まりました。
数珠は時計回りに回します。
最初は数人でしたが次第に参加者が増え大きな円を描けるように。



座敷ではお母さんたちが太鼓と鐘で音頭をとります。
時々リズムが早くなり、その時は駆け足ぎみで回ります。
緩急織り交ぜながら百万遍は続いていきます。



今回は観光客の参加もありました。
新潟交通さんの呼びかけで20人弱の方がいらっしゃいました。
みなさん軍手&内履き持参で準備万端。
楽しそうに数珠を回します。
女性も多く場が華やぎました。
他には千葉からいらっしゃった人も。
真更川が大好きで年に数回遊びに来ている“常連さん”です。



昼時はいったん休憩。テーブル狭しと置かれた地元特産料理に舌鼓。
この日のためにお母さん方がいろいろと準備してくださいました。

少し休んでまた再開です。
なんせ1000周、かなりいい運動になります。
そして今年も無事百万遍を終えることができました。

このような形式の百万遍、佐渡ではここだけです。
当日は多くのメディアが訪れていました。
しかし過疎高齢化が進み、回し手が足りず苦労しているそう。
どなたでも参加歓迎だそうですので、興味のある方
来年は是非一緒に数珠を回しませんか?

最後までお読みいただき有難うございました。


                by-non@海府担当




 

皆さん、あけましておめでとうございます。
新穂地区担当のおがわです。
今年も、引き続き佐渡市地域おこし協力隊ブログを
よろしくお願い致します!

さて、来週13日は成人の日、成人式が全国各地で行われますね。
現在の成人年齢は20歳ですが、昔、公家や武家の子どもは
15歳前後で成人儀式を行い、子供用の着物から大人用のものへ
衣替えをし、髪型や名を変えることによって、成人への仲間入りを
したそうです。

新穂では、新穂中学校3年生を対象に、当時の成人儀式「立志元服式」を
3学期の始業式後に、毎年開催しています。
今年で22回目を迎えるこの式、今回、私は司会進行の役を頂きました。
(卒業式のような凛とした会場の空気に、第一声で噛んでしまいましたが…)

今年の3年生は24名。
一人一人が、色紙に1文字、自分の将来の夢や希望を表す漢字を書き初めしました。



「空」「話」「堪」「輝」「時」「極」「和」などなど…
どんな思いを込めて書いたのか、想像するだけでも
ワクワクしてきます!
その中から代表者4名が、それぞれの夢やなりたい自分について
発表もしてくれました。
佐渡が直面している高齢化のことも視野に、福祉の道を希望する子、
将来について、まだ自分の中で葛藤している、と素直な気持ちを飾らず
発表してくれた子。
子供たちの言葉が、ずっしりと心に響きました。



講演の時間では、プロバスケットボールチームの新潟アルビレックスBB
ゼネラルマネージャーの小菅学さんが、新潟から来て下さいました。
小菅さんのバスケットボールに打ち込んだ中学時代のお話に、
きっと聴いている3年生たちも、自分たちの中学3年間と重ね合わせて
聴いていたのではないでしょうか。



講演の後は、剣道形の披露がありました。
剣道形、太刀の形、小太刀の形をご披露頂きました。
お仕事の合間を縫って駆けつけて下さった先生方、ありがとうございました!

中学校時代と言うのは、誰もが多感で難しい時期を過ごしたかと思います。
それでも、自分の歩むべき道を一所懸命考えている彼らの姿に、
新年早々、気を引き締められる思いでした。

これから受験も控える3年生たち、身体に気を付けて
晴々した気持ちで卒業式を迎えてもらいたいですね!




 

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