佐渡市地域おこし協力隊サイト

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文化/伝統


住民有志「真野新町宿町屋再生プロジェクト」で行う本年の仕事始めは、「佐渡土人形絵付」体験です。

土人形とは、粘土を型で造形し素焼きした人形に絵の具で着色しただけの素朴なものです。

ルーツは京都の伏見人形で、江戸時代の後期に全国的に郷土人形として広まりましたが、ここ佐渡でも真野のお隣で「八幡人形」が販売され全島に広まったということです。

そんな土人形ですから、真野新町の古い町屋の中にいっぱい眠っています。
小木や相川の雛祭りのように、

金の道 真野新町宿でもそうした土人形を飾っていこう!
それなら自分たちでも作ってしまおう!

そんなノリで「佐渡土人形絵付」イベントを実施しました。

今も大崎地区の大滝学舎で手づくりの土人形作りを続けていらっしゃる葛原正巳先生を講師としてお招きし、真野地区の住民および子供たちの手で素焼きの人形に絵付けを行いました。

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皆さん真剣ですが大人はなかなか筆が進みません。

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一方こどもたちはどんどん描いていきます。

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私もようやくひとつ出来ました。
幸福を招く福助人形です。

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これらは、4月の真野公園桜祭りにあわせて真野新町通り佐渡土人形展として、真野新町の商店街店頭に飾る予定です。

稚拙でも自分の手掛けたものが街に飾られるのは気分の良いものです。
桜祭りのハッタンぼんぼりと共に、これから真野の名物になれば嬉しく思います。

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「真野新町宿町屋再生プロジェクト」は、こうした地域の文化を住民たちと楽しみながら後世に伝えて行きたいと考えています。

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1月11日に片野尾歌舞伎の顔合わせが行われ、稽古が開始されました。

着任した最初の年に、家来役として出させて頂いた片野尾歌舞伎。
(前回の歌舞伎公演についてはコチラから)

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今回の演目は「一谷嫩軍記)の三段目にあたる、「熊谷陣屋」というお話です。

協力隊最後の年ということで、今回セリフのある役をやらせて頂くことになりました。
気合充っ分です!

公演日は4月17日(日)です。

本番当日までの稽古の様子などを、シリーズであげていきたいと思います。


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       ―稽古は当日の会場にもなる「片野尾ふるさと館」で―


1月中は週に2回集まり、稽古を行います。
最初はセリフの読み合せから。
と言っても、各自自主練は必須です。

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喋り慣れない言葉。
過去の公演の映像も参考にしながら、セリフを覚えます。

んー!!

4月まで練習あるのみです!!












寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

今日は、越後に伝わる伝統行事、「まゆ玉飾り」について、レポートしたいと思います。

「まゆ玉飾り」とは、毎年、小正月の1月15日(旧暦2月15日)に、
五穀豊穣・大漁・商売繁盛を祈願して、まゆ玉に見立てた餅を木の枝に付け、
座敷や神棚・床の間などに飾り付けるものです。

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ここ外海府でも、先代から続く伝統を守りながら、今年もまゆ玉作りを行っている家庭があります。

まゆ玉作りでは、縁起が良いとされる「よのみの木」の枝に、つきたての餅をぶら下げるのですが、
餅の重みで垂れ下がったその姿は、稲穂のよう。
豊作祈願として、稲穂は象徴的な縁起物ですね。

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右手には「よのみの木」の枝、奥には、つきたてのお餅。
そして、手前にはお手伝いの猫。

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「よのみの木」の枝を整えるところからスタートし、
4種類の餅(とちもち・草餅・豆餅・白餅)を、一つ一つ枝に付けていく作業は、半日仕事です。

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越後の伝統行事として広がった「まゆ玉飾り」ですが、
地域や風習、生業などと結びついて、様々な形態に変化していったそうです。

佐渡では、大漁祈願として縁起物のイカを飾るようですが、
このイカがぶら下がる感じが何とも言えず・・・とても良いですね。

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しかし、こうした手間も時間も掛かる伝統行事は、
継承の難しさがつきもの・・・・

何とか続けなければ、自分の世代で絶やしてはならない、という想いから
毎年、欠かすことなく、手を抜くことなく、続けている家庭があることを、
もっと多くに人に知ってもらいたいと思いました。

きっと、もうすでに消えてしまった伝統行事や、
忘れ去られた年中行事もあるのでしょう・・・

しかし、今、残っているものについては、これからも守っていくべきだと感じました。
伝統行事の軽薄化は、近所付き合いの軽薄化にもつながるでしょう。
限界集落だから、過疎化だからといって、集落の人数を増やす事ばかりに目を向けるのではなく、
いま在る繋がりを、より濃くしていくことも大切なのでは・・・
と、色々な事を考えさせられた、とても濃厚な時間でした。


今回の取材にご協力いただきました、関集落の五郎助さんには、感謝の想いでいっぱいです。

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そして、ご馳走様でした。

「11月に子牛が生まれてな」

境内で甘酒をすすりながら、毎年訪れている参拝者の方々が世間話をしていました。

毎年1月8日は、新穂ダム近くにある大日孁(おおひるめ)神社の例祭です。佐渡牛の守り神として島内各地の信仰を集めてきた神社で、本殿には、ご神体として大日如来が安置されている、珍しい神社でもあります。

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10時の開始時間にはまばらだった参拝者も、例祭が進むにつれ、金井から、南部からとマイクロバスが続々とやってきました。島内の畜産農家さんたちが、一年の無事を願って毎年、お祓いを受けにやってきます。

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昔は6、7台のマイクロバスが横付けされ、出店も出たそうで、佐渡牛や乳牛だけでなく、農作業や鉱山の労働力としても、牛たちが島の暮らしに寄り添う存在だったことが伺えます。

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1から10まで、丁寧に行われる例祭。なかでも、恵比寿様の舞は佐渡に来て初めて拝むことができました。神様にお願いし、見事鯛を吊り上げる恵比寿様の姿に、つい頬が緩みます。恵比寿舞と大黒舞が一度に拝めるのも、今では珍しくなってきたようです。

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北鵜島(大野亀に近い佐渡の北部にある集落)から、2頭の牛飼いのじいちゃんばあいちゃんが来ていました。牛を飼う人たちにとっては、それだけ知られる神社ですが、地元ではあまり知られていない神社かもしれません。

こじんまりとした神社ですが、茅葺屋根の拝殿、大日堂は県の指定有形文化財でもある大日孁神社。安産の神様、今年の干支、申と未年の人の守り神でもあるそうですよ。今まで縁のなかった人たちも、山へ上がってみてはいかがでしょう?

☆大日孁神社例祭☆
毎年1月8日 午前10時ごろ~
※例祭中、年に一度だけ大日如来坐像の本殿の扉が開けられます!
(大きい像なので、扉からはほとんど見られないですが...)
・県道沿いの案内は「大日堂」と表記されています。
・狭い道沿いにあり、駐車場はありません。※Uターンは可能。
・場所はこちら→https://goo.gl/maps/K424shCbEk72


「民話の里・赤泊」には、由緒ある赤泊演劇研究会と赤泊民話語り部の会があり、平成元年以降、これら会の活動は旧村民主体で引き継がれ、今日へと営まれて来ました。

そんな揺ぎ無く継続しているその活動が、この度、新潟日報社に評価され、名誉ある第68回新潟日報文化賞への受賞と導きました。

先々月末、新潟日報メディアシップで表彰式が行われた後、11月26日には地元赤泊で祝賀会が開催され、代表の菊池太一会長は開口一番「本受賞は我々旧赤泊村民の努力と絆の結晶である」と述べられました。正しく、永年の皆さんの努力の賜物に他ならないと思いました。また、今春の創作劇「宝相華」公演に出演した一人として、誇らしくも思いました。

赤泊住民の皆さん、この度の受賞、大変おめでとうございました。

「民話の里赤泊」演劇研究会、語り部の会が永遠に継続されることを心より願っております。


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穏やかな秋晴れが続く今日この頃、この「佐渡晴れ」のもと、業務を兼ね徳和・上小熊の屋号・「正覚」さん宅を今朝訪れました。
業務が終わり、帰りにご自宅敷地内にあるという薬師如来像とかさもり堂を、ご厚意で見学させて頂きました。
こんな野良小屋にと思いきや、何とも後光がさす様なまばゆいばかりの立像です。
薬壺は手に持ってはいない様ですが、法隆寺や唐招提寺の薬師如来に勝るとも劣らぬ立派な風貌です。
こんな素朴な集落の個人の庭に何故この様な素晴らしい如来像が・・・驚きがショックと化しました。(^^;)

隣の小屋にはかさもりさん(かさは瘡、皮膚病のこと)と女性の像が並んでいました。性病の守り神です。
赤泊は昭和初期
❓!頃まで港町として船の往来も多く、島内有数の夜の繁華街でもあったそうな。港を挟んで、西の柳沢には有名な瘡森社(かさもりさん)があり、東にはこの場所にひっそりとかさもり堂が建てられた様です。

女性の像に付いては不明ですが、一説によると、柳沢の瘡守(かさもり)様のお相手役であった浅生集落の名器を持った女性の神様、粟島さんではないかと思われます。

それにしても穏やかな顔立ちの女性です。(^.^)

いつの世も男女の関係は大事であったような・・・。(^_^;)

今世においてもこの様な発見が出来るのが佐渡の魅力でしょうか、
有難う佐渡。m(__)m


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町内の有志で進める「真野新町宿町屋再生プロジェクト」。
空き家となっている町屋の外観を住民の手で修復しながら、町を観光型商店街として活性化して行く活動を一歩一歩進めています。

当面の目標は、10月10日・11日に実施する「金の道 真野新町宿で 茶会と町屋体験」を成功させることです。
真野新町の秋のお茶会は昨年まで11年間続けてきたものですが、補助金や寄付に頼る運営に行き詰まり、昨年で区切りをつけ終わりにしようということになっていました。

秋のお茶会は、江戸時代の初期から金の道の宿場町として、あるいは北前船の集荷地として賑わっていた歴史ある街並みを紹介する役割を担って来ました。
10年以上も続いたお茶会が無くなってしまえば商店街は益々衰退するばかり、と有志たちが立ち上がり、新たなお茶会を続けて行くため1年間に渡り模索してきました。

新たな魅力を付加するため、プロジェクトでは子供達や住民と一緒に、かつて味噌や醤油の醸造業で栄えた源内邸の黒塀塗りや、お茶会の会場でもある呉服屋せいない邸の玄関に黒格子を復活させてきました。

今回のお茶会では、この源内邸で佐渡の家庭で古くから祝い事などの時に振舞われた「鉢台料理」を提供することにしました。

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前回は真野第1子供会の皆さんと国道沿いの黒塀を塗りましたが、今回は真野第2・3子供会の皆さんと立派な門が建つ周囲の黒塀を塗ってもらいます。

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ところが当日は朝からあいにくの雨。
子供達が集まってくれるか心配でしたが、作業の時だけは幸いにも雨が止んでくれ、多くの子供たちと親御さんが集まってくれました。

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まずはプロの塗装屋さんに指導してもらいます。

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普段はペンキ塗りなどなかなか出来ないので、子供たちはすぐに夢中になってしまいます。

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最後はスタッフにより細かな仕上げを行いました。

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塗り終ったところで雨脚が強くなりドシャ降りに。
この日は一日雨模様だったのですが、子供達の作業の時だけは雨も避けてくれ、雲(運)も味方になってくれたようです。

この後スタッフは真野新町の入り口にイベント告知の看板立て。

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10月10日は、この道で「金の道ウォーク」も行われます。
手作り感満載ですが、雨にも負けずスタッフ一同頑張っています。

商店街の活気を甦らせるため、まずは「金の道 真野新町宿で 茶会と町屋体験」が成功することを祈っています。

イベント名:金の道 真野新町宿で茶会と町屋体験
日時   :10月10日(土) 11日(日)
      午前9時半~午後4時(お茶席は午後3時半まで)
会場   :真野新町地内(お茶席は森邸、せいない邸)

下川茂東部集落集会所向いにある勝泉寺の境内には、弘法大師像始め、多くの石仏がみられます。これらの石仏は大正12年川茂の老婆たちにより寄進されたといわれ、旧暦7月15日・新暦9月5日の寄進日に因み、以降、お遍路が現在も当地区で行われています。

一昨日の5日(土)は天候も良く、のどかな初秋の田園風景に、お供えの花々の鮮やかさが秋空に生えていました。訪れた午後2時頃、お堂ではご婦人方による真言が唱えられていました。境内の全ての石仏には、真新しい純白の遍路札がたくさん貼られ、お遍路はすでに終えられた様でした。

お遍路と言えば、四国八十八か所を巡るのですが、その本場まで行けない代わりに、境内にある四国八十八か所の本尊を刻んだ石仏にねまった(座った)まま遍路札を貼って御詠歌を唱え遍路するそうです。(以前は立遍路とも言われた)

当地を始め、佐渡ではこの様に神仏への祈りが、身近な暮らしの一部として現在も営まれています。お陰様で、また一つ「佐渡学」を学ばせて頂きました。

下川茂の皆さん、ありがとうございました。(^.^)


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中村@高千・外海府です。

担当地区内にありながら、なかなか足を運べていない場所はいくつもありますが、ここもそのうちの一つでした。。。

北片辺にある「裂織の里 鶴女房」という観光施設です。

観光施設と言っても、今ではほとんど使われることがなくなってしまった建物です。

北片辺の海岸の方にあり、キャンプ場の隣に建っています。

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 外観

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入り口付近の看板


この日は、とある取材のオファーがあり、この施設の経営・管理をしている本間さんに同行し、中に入らせもらいました。

ここ北片辺は、誰もが知っている昔話“鶴の恩返し”の発祥の地と言えます。

昭和の初め頃に、集落に住んでいた道下ヒメさんという方が民話の語り部をしており、当時の松屋旅館に泊まっていた鈴木棠三さんという方が、「鶴女房」(鶴の恩返しの話)の語り部を聞き、「佐渡昔話集」を後に発行しました。
その後、劇作家である木下順二さんが「鶴女房」を題材にし、「夕鶴」という戯曲を作ったそうです。

現在、北片辺の公民館「民話の館」前には、昭和64年に建てられた記念碑があります。


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そして、この「鶴女房」の建物も、記念碑が出来た時と同じ頃に建てたそうです。

本間さんは当時大工をしていて、集落にあった古民家を解体して今の場所に移築しました。
(しかも1日で解体し、2日で復元したそうです。驚)

民話の語り部を開くスペースに加え、佐渡の伝統工芸である”裂織”の工房も作りました。

本間さん曰く、

「鶴の恩返しは、裂織がルーツなんじゃないか?使わなくなった布を裂いて、新たに生地を作る工程は、鶴の恩返しの話と似てるだろ?」。

言われてみれば、そうなのかもしれない!と新しい発見。


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建物の中。古民家の面影たっぷりの空間。

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当時は囲炉裏の前に語り部のステージがあったそうです

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島内外の小学校からお客さんが来ていたそうです

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レトロ感たっぷりのソファー

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なぜか、神棚に鶴の被り物が。NHKの昼どき日本列島という番組で紹介されたことも。

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座敷の向かい側には、裂織り工房。


「鶴女房」は平成元年頃から営業をスタートし、平成20年ごろまで続きました。

語り部の語り手は2~3人ほどいて、1公演30分3話ほどの内容(1回1人300円)。

民話は、「鶴女房」のほかに「ねこの恩返し」や「乙和池」など佐渡にゆかりのある昔話をされていたそうです。

1公演につき50人ほど収容でき、1番繁盛していた時は1つの観光会社が6,000人/年お客さんを連れてきたこともあるそう。

当初は、新潟交通の観光バスのルートにも入り、尖閣湾揚島遊園~北片辺のコースも出来ました。

”百万人観光”と言われた佐渡全体の観光客の数が減っていくのと同じように、鶴女房にもお客さんが少なくなってしまい、平成20年に営業を終えました。


民話の語り部については、今でもたまに問い合わせがありますが、語り手の高齢化の問題もあり、公演を開くのは難しいのが現状です。

本間さんご自身は、この施設をどうにかしてまた復活させたい気持ちはあるそうですが、本人も高齢となり、なかなか簡単ではないです。


語り部を復活させて、最盛期の頃と同じようにお客さんを集める施設にするのか?
しかしその為には、次の担い手を見つけないといけません。

はたまた、古民家を活かして違う用途としての利用をしていくのか?直売所や飲食店・休憩所として開くのもいいのかもしれないけど、じゃあ誰がやるのか?

なくすのは簡単だけど、復活させる・継続させるのは簡単ではないと改めて感じました。


地域の宝さがしの次は、どうやってそれを守っていくか、地域の人が主体となって考えていけるようにサポートしたいと思います。

古くから宿場町、北前船の集荷地として賑わってきた真野新町には町屋造りの立派な建物が多く残っています。

町の有志による「真野新町宿町屋再生プロジェクト」では、高齢化で手入れが行き届かなくなった建物や空き家となって朽ち果てて行くこれらの建物を保全、再生しながら観光型商店街として活気を甦らせようと活動を開始しました。

前回の子供達による黒塀塗りに続く町屋再生事業の第二弾として、今回は元呉服屋の黒格子を復元しました。

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真野新町では毎年秋に、旧家を利用したお茶会を実施しておりますが、ここ「せいない邸」も今年の秋に会場となるかつての大きな呉服屋です。

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外側からは分からないのですが、中に入ると大きな蔵と中庭があり贅沢な雰囲気でお茶を味わうことができます。

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その蔵の中にいつ頃使っていたかも分からない古い格子戸が眠っていました。
商店街は街道を拡張する際に表向きは現代風になり、趣のある中の姿を想像できなくなってしまったので、この格子戸を復活させて古い町並みを再現しようということになりました。

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前回黒塀塗りを経験しているので塗装作業はお手の物。

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取り付けてみるとすんなりとは動かず、ちょっと調整が必要です。

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塗り残しが気になるので念入りに修正。

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半日程度の作業でしたが、素人とは思えぬ出来。
黒格子を嵌めるだけで町屋の趣きが大分増してきます。

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真野新町には数千万円かけても保存して行きたい貴重な民家がたくさんありますが、まずは住民たちが出来ることからやっていきたい。
町屋再生プロジェクトのそんな思いが少しずつ町に広がりつつある手応えを感じています。

まずは今年リニューアルする秋のお茶会をご期待ください。

イベント名:金の道 真野新町宿で茶会と町屋体験
日時   :10月10日(土) 11日(日)
      午前9時半~午後4時(お茶席は午後3時半まで)
会場   :真野新町地内(お茶席は森邸、せいない邸)

私の住む真野新町は、佐渡の中央真野湾に面し、国道沿いに商店が並んでおります。

江戸時代の初期には奉行所のあった相川と、越後への渡海場であった小木湊の中間地であり古くは宿場町として発展しましたが、北前船により集荷地として賑わうようになり、かつては新町塗りという漆器業や、味噌や酒の醸造業などで栄えてきました。

そんな歴史を持っているので、商店街は間口が狭く奥行の深い町屋造りで、外側からでは分からないのですが、中に入るとお宝がゴロゴロ眠っています。

時代の流れで商店街は寂れ空き家も増えて来たのですが、住む人が居らず朽ち果てていく町並みをなんとかしようと言う事から、有志による「真野新町宿町屋再生プロジェクト」がスタートしました。

とは言っても、町屋を改装するには大きな費用が必要ですので、まずは自分たちで出来る事から始めようと、子供達と一緒に空き家となっている大きな屋敷の黒塀を塗る事にしました。

前日、スタッフにより汚れた塀を洗浄。

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当日は夏休みのラジオ体操の時間に実施、スタッフは6時半に集まりまずはプロの塗装屋さんから塗り方の指導を受けます。

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7時になると小さな塗装屋さんたちが颯爽と登場!

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子供達にも塗り方や注意事項を説明してから塗りかた開始。

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始めは恐る恐るでしたが、そのうちみんながやりたい!やりたい!と大騒ぎ。

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予定の1時間でほぼ完成、黒壁の前で記念撮影。

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小さな子供たちでどれぐらい出来るか心配でしたが、子供たちのパワーに圧倒されました。
普段の夏休みは、ボランティアとして町のゴミ拾いなどをやっているとのこと。
その代わりとして壁塗りを実施してもらったのですが、こんなボランティアなら皆楽しんでやってくれますね。

何より、壁は塗装して守っていけば10年以上持ちます。自分たちの塗った美しい壁を見ながら成長する子供たちも、きっと自分の町を好きになってくれるはず。

そんな思いで一歩一歩、町屋再生プロジェクトを進めて行くつもりです。

Takigi-Noh was performed at Kusakari-shrine, Hamochi last night as a part of the events about Hamochi-Matsuri, Sado Island on 15th June.

Approx. 100 people were enjoyed the performance among the pleasant atmosphere in the open-air.

The title of performance was “SAIOUBO” which the story was originally from the ancient China however, it was a bit difficult to appreciate for the writer. (^^;)

Although they say that “ Noh mask itself has no expression but, shows the motion of man with its slight motion” , the thought could be a little bit understandable to the writer. (^.^)

In fact, Sado has 30+ Noh stages mainly in Shinto shrine in the island so that you can appreciate the performance of Takigi-Noh while your travelling to the island specially in this season.

For the further information, please refer to the site of Sado Tourism Association stated below;-

http://www.visitsado.com/en/00sp/0908/nou1.shtml

Hope you would be feel something about Japanese traditional arts at Sado!(^^)/


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佐渡にある様々な芸能の内、日本伝統芸能の代表格である「能」はその悠久の歴史と共に現在も佐渡に存在します。よそ者として当地に住んでいて不思議に思う事は、この様な高貴な芸能が、身近な庶民の皆さんの趣味(!?)として親しまれ、我々大衆へ演舞を提供されておられることです。

確かに、いにしえの室町時代に観阿弥を父に持つ世阿弥によりここ佐渡へ伝承された事は学びましたが、581年経った現在もこの芸能が継承されている訳ですから、その魅力は計りしれぬものがあるのでしょう、2001年に「能」がユネスコ世界無形遺産として宣言された事もうなずけます。

さて、当地では「能」を神社へ奉納される際、「薪能」(たきぎのう)として披露される事が多く、主に初夏の6月に多く行われる様で、佐渡薪能月刊とされています。

詳しくは、佐渡観光協会サイトを参照願います。

http://www.visitsado.com/main_page/06.html

今年の夏の宵は佐渡薪能を鑑賞され、「能」の優雅さを味わってみるのも風流ですね!(^.^)

写真は先月5月9日佐渡市椎崎諏訪神社能舞台で行われた演目「羽衣」です。


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中村です。

私が住んでいる北田野浦集落のお祭は、先月の4月14日に既に終わってしまいましたが、花笠踊りと小獅子舞に使われている竹笛がとても珍しいと聞いたので、その作り方を教えてもらいにいってきました!

北田野浦のお祭で使う竹笛は、「一孔(いっこう)の笛」と呼ばれていて、太さ4cm程の真竹を23cm位の長さに切り、吹き口のほかに、指孔を1つだけ開けたシンプルな横笛です。

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 右の笛が実際に使われている笛です。左は別の方が真似て作ったものです。


北田野浦のお祭は、佐渡市の無形民俗文化財で、約350年の歴史がある伝統ある祭です。
笛の担当は、その年の総代(集落の長)さんが決めており、今は、約30年間続けている60歳代の方とその次の代を担う20歳代の方が一緒に笛を吹いています。

他の祭りに使う道具もそうですが、担当になった役の小道具は、自分で用意しなければなりません。

なので、笛も山から竹を切ってくるところから始めます。
作り方は、それほど難しくはありませんが、自分の口に合わせて思い通りの音が出るまで、孔の大きさや笛の長さを調整しなくてはいけません。
竹の太さや厚さも音に影響してくるので、竹選びも重要です。

実際に、私も作った笛を吹いてみましたが、思っていた以上に息を吹き込まなくてはいけないので、数分吹いただけで酸欠になり、頭がくらくらしました。。。

北田野浦のお祭は、この笛と太鼓の音に合わせて踊りますが、笛は2,30分ほど吹き続けなければならないので、相当な肺活量が必要なのでは、、と思います。


この竹笛作りについては、カメラマンの方にビデオを撮ってもらったので、編集出来次第、動画サイト「YouTube」に公開します!
完成したら改めてお知らせします◎

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最後に、北田野浦のお祭は女人禁制でしたが、過疎高齢化が進み、これまでのように男性だけで維持することが難しくなってきたので、集落の皆さんで相談して、今年から女性も芸能に参加することになりました。

せっかくの機会なので、私も花笠踊りに参加させてもらいました。

集落の子ども達も、稽古に参加して芸打ちを一生懸命練習していました。

4月14日当日は、あいにくの雨でしたが、無事に終えることが出来ました。


作り方を教えてもらった竹笛を使いこなせるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうですが、大事にしたいと思います!

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外海府地区担当の重盛です。

外海府の矢柄という集落に、薬師如来像が祀られているお堂があります。
古くから毎月8日はお薬師さんの日といわれ、

この矢柄集落の薬師堂でも、毎年、旧暦の3月8日にあたる日に法要が行われます。

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薬師如来の幟

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矢柄集落/薬師堂へ続く道



矢柄の薬師堂の法要では、「護摩焚き(ゴマ焚き)」をおこなっています。

護摩焚きでは、家内安全・無病息災・交通安全などを祈願します。



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お薬師さま(左手には万病を治すことができるという薬壺を持っている)



私にとって初体験となる「護摩焚き」。

住職さんが、護摩木に書かれた名前と祈願内容を読み上げ、それを炎に投じます。

次々に投じられる護摩木によって、その炎はどんどん大きくなり、天井に届きそうになります。

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石名清水寺の住職さんによる法要


護摩焚きで出る煙には御利益があるとされ、
治したい病気やケガに効くといわれます。

また、知恵の象徴である火を焚き、
「煩悩を焚く」という意味もあるようです。


わたしも、頭が良くなりますようにと、煙を浴びてきました。


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護摩焚き終了後。道具のひとつひとつが美しい



また、聞くところによると、

矢柄に祀られている薬師如来像は、その昔、矢柄集落の浜に流れ着き、
それを拾った村人が大切に祀ったことが、この薬師堂のはじまりと言い伝えられています。
当初は、拾った村人のものとして扱われていましたが、そのうちに、集落全体のお薬師様として祀るようになり、現在に至るようです。


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矢柄の浜



その拾われたお薬師様、お目にかかることが出来るのは、
なんと、33年に1度だけ。

毎年、護摩焚きがあるものの、
その姿は金色の布で覆われていて、見ることができません。

次の“33年に1度の御開帳”となるのは、4年後だそうです。

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金色の布の向こうには薬師如来像(20㎝ほどらしい)

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薬師堂は、矢柄の公民館としても使われている。


無事に護摩焚きが終了し、矢柄集落の皆さんとお茶会。

節目 節目に皆で集まり、健康や安全を祈願する。
生活のなかの、とても小さな出来事だとしても、
ずっと大切にしてほしい行事だと思いました。
矢柄の皆さんが、これからも健康でありますように。

 


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矢柄のベンツ


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お地蔵様に、だんごのお供え






 

先週末、赤泊演劇研究会主催による今年の創作民話劇は、大勢の観客を招き、成功裡に幕を閉じました。振り返れば、昨年12月に脚本を渡され、それ以降始まった週2回の夜間練習は3月に入りほぼ毎晩、本会会員やキャストの皆さんと共に、休まず良く続いたものだと自分自身感心します。

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度目の春を当地で迎える私にとって、何故これ程までに皆さんがこの民話劇に熱く情熱を注ぐのか、改めて、必然的に知る必要を感じました。


事の発端は平成元年、当時の竹下内閣が「ふるさと創生事業」を提唱、これを受け、当時の赤泊村が「民話の里づくり事業」を推進、「赤泊民話語り部の会」「赤泊御番所太鼓の会」赤泊演劇研究会」が次々と誕生し、以降、毎年これらの芸能活動を村民が村を揚げて公演して来た訳です。H7にはこの年の民話劇がNHKで全国放送され、H11には赤泊演劇研究会が地域づくり部門で自治大臣表彰を受賞、同年8月には全国高校総合文化祭・郷土芸能部門で羽茂高校赤泊分校(現在は廃校)が最優秀・文化大臣賞を受賞し、東京国立劇場で公演されたそうです。


以前から地元・赤泊衆は芸達者だと感じていましたが、人情の良さに加え、情熱的、努力的要素が、素晴らしいチーム・ワークを作り上げ、創意工夫を凝らしたこの様な全員参加型むら芝居を、今も当地に根付かせている理由の一つであることを悟りました。

そして、今年も参加された保育園児や小学校生徒が、やがて成人になっても、それぞれ親から譲り受けた才能あるDNAと共に、この素敵なパフォーマンスはきっと、次世代へと継承されて行くことと感じました。(^_-)-☆
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潟上鬼太鼓を伝承する潟上誠心会に、革の張替えを終えた太鼓が帰ってきました!

事の始まりは昨年の7月。浅草にある宮本卯之助商店の岡部さんから、芸能道具の管理・保存相談会を新穂でも開催して頂きました。(その様子はこちら)

そこへ、潟上誠心会の皆さんが持参してくださったのは、革の破れてしまった太鼓。6月の天王祭りの門付け中、破れてしまったとのこと。
(総張替えの必要があるため、革を開いて胴の中まで見せていただきました。)

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その太鼓は宮本卯之助商店さんの品でした。神様が引き合わせてくれたのかもしれません。その場で修理をお願いすることとなり、岡部さんと共に太鼓は東京浅草へ。

昨年末に無事修理が終わり、先日誠心会の総会後、太鼓に魂入れが行われました!
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相談会を開く機会をいただき、不慣れながらも会を設けて本当に良かった!そして、この場に立ち会えたことに深く感謝した瞬間でした。

ちなみに、太鼓開きということで、佐渡のお酒「拓(ひらく」で魂入れ。
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潟上誠心会の益々の発展と、今年の祭りの成功を祈って。


中村です。

外海府の岩谷口集落では毎年公民館にてひなまつりを開催しています。

今年で7回目となります!

開催期間中[3/1(日)~10(火)]は、公民館を開放してどなたでも見学する事ができますよ◎

入り口では、特産品の販売も行います!
岩谷口産はざかけ米のコシヒカリ(とても美味しいです。レアもの!)、もち米、小豆、野菜、くるみ、海藻、(株)かいふ発酵の「麹のおちち」などを予定しています。

公民館の中はひな檀や集落の写真がずらりと並んでいて、記念撮影もできますよ★

毎年遠方からのお客さんもいたり、団体でのお客さんも来てくれます。
小さい集落ながらの温かみのあるひなまつりです。


帰りには海府荘のカレーランチや、與左ェ門のそば&パスタランチ、赤ちょうちんのラーメンなど食べていくのもいいかもしれないですね!

是非、みなさまお越しください。

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(写真は昨年の模様です)

<詳細>

・開催期間   :2015年3月1日(日)~3月10日(火) 10日間
           午前8時~午後5時
・場所      :岩谷口公民館
・お問い合わせ:0259-78-2391(田中) 


2/28から開催の相川ひなまつりのホームページにも、その他相川地区のひなまつり情報が載っていますのでそちらもぜひご覧ください!
     ↓
http://aikawa-hina.jimdo.com/ 

松の内が明けてすぐの土曜日、能の稽古を見る初めての機会に恵まれました。
今回の見学は、吾潟にある「本間家能舞台」を取材した際、大変お世話になった神主(こうず)弌二さんのお誘いに甘えたもの。
神主さんは、佐渡宝生流の太夫家・本間家を支援する主旨で明治期に設立された「佐渡能楽倶楽部」の会長を務める、佐渡能楽の重鎮。さらに言えば、能楽の保存・普及のために「佐渡中等教育学校」のスクール・カルチャーで講座をもっています。


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雪の舞い散る午前9時。2人の女子中学生がやってきました。稽古場は、神主さんのご自宅にある15畳の和室。能の稽古というと、さぞや厳しいものと想像していたのですが、神主さんと女生徒たちは、まずはお茶を飲みながら和気あいあい。「佐渡中央教育学校」の生徒だという2人に「神主先生は厳しい?」と問い掛けてみると「ぜ~んぜん」と屈託のない笑顔で答えてくれました。
稽古演目は『小さい袖曽我』。2月7日に学校で開かれる発表会で、お披露目する予定のものです。
正座をして、一礼してから稽古開始。お手製の稽古本を手にしながら、「はい、そこで右足掛けて」「行って3足7足だからね」「扇の手が高いよ」。冷え冷えとした稽古場に響く、神主さんの声。謡で鍛えられた朗々とした声音を聞いていると、背筋がピシッ伸びてきます。
しかし、およそ30分ほどの稽古を終えると、またまた茶飲み話で盛り上がります。3人を見ていると、失礼ですが、好々爺と素直なお孫さんといった趣です。


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すでにの“お弟子さん”も訪れています。こちらも「佐渡中等教育学校」の4年生の女生徒。
稽古する演目は、仕舞(囃子を伴わない舞)『羽衣のキリ』です。「今度、舞って(きちんと能面・装束を着けて舞うという意味だそうです)みないか?」と神主さんが提案しているところをみると、かなりの舞達者なのでは。そしてその予想通り、素人目から見ても所作、仕草が柔らかく、極めて女性的な動きで惹きつけられました。


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最後のお弟子さんは、佐渡総合高校1年生の女子高校生です。こちらの演目も仕舞で『嵐山』。「右半身になって」「そこで手を反して」。前の2組同様、真剣な面持ちで神主さんの指導を受けていました。
4人の稽古を終えたのは、昼前。雪を降らせた曇天の合間から、うっすらと陽が差し込みはじめています。神主さんの表情にはさすがに疲れが見えますが、どこか充実感にも満ちていました。


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稽古を見学していてなによりうれしかったのは、これほど若い人達が能に興味をもち、学び、そしておそらくは受け継いでいくであろうという事。これも佐渡の人々の間に、脈々と伝わるDNAのなせる業なのかも知れません。
神主さん曰く「能は、50年やっても終わりというものがない」。まだまだ傍観者の自分には到底知ることのできない、能の、そして佐渡の奥深さ。その一端に、わずかながらも触れられた1日でした。







貉(ムジナ)とは、本土ではアナグマを指すことが多いようですが、佐渡ではタヌキのことを貉、又は「とんちぼ」などと呼びます。

佐渡にはたくさんの貉にまつわる伝説が残っていて、巷で人気の妖怪ウォッチに勝るとも劣らない、個性豊かなキャラクター(貉)たちがいたそうな。

有名どころは二ツ岩団三郎親分。ジブリ映画『平成狸合戦ぽんぽこ』にも登場した団三郎貉は、相川の二ツ岩大明神に祀られています。
 
◎車での二ツ岩大明神への行き方◎
・佐和田から県道31号線を相川方面へ、途中「相川中学校入口」の信号を右に曲がって600m程直進
・右手に案内看板とともに右に入る道があるので右折、細い道をひたすら1km程行くと左手に鳥居が現れる
※Googleマップのストリートビューでも確認できます(それだけ行く人が多い⁉)

さて、図書館で見つけた山本修之助の『佐渡の貉の話』には、なんと「佐渡むじな大番附」なるものまで...。
西の穴横綱はもちろん団三郎貉、そして東の穴横綱は赤泊徳和の禅達とあります。
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この本によると、佐渡には団三郎親分の下に四天王貉がいて、その一匹に新穂潟上にある湖鏡庵に祀られている「財喜坊」という貉がいたのだそうです。
ちなみに、他3匹は徳和の禅達、関の寒戸(佐武徒)のお杉、真野新町おもやの源助。偶然か、協力隊員の配属地区と被ります!(他の地区の貉をさす場合もあり。)

昨日は久しぶりにお天気も安定していたので、早速湖鏡庵へ行ってきました。
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佐渡四国八十八か所霊場の一つである湖鏡庵の参道脇に、財喜坊が祀られています。
なんだか今にも貉に化かされそうな雰囲気のある場所です。竹藪の竹が四方に倒れかかっているのは、ここ最近の大雪のせいでしょうか。

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ある晩、盗人が寺のものを盗んで逃げようとしたところ、財喜坊貉得意のたぶらかしで、道に迷い、境内を行ったり来たりさせられ夜が明けた。そしてとうとう捕まってしまったとさ。(『佐渡の貉の話』参照)

佐渡の貉は金山全盛期、錬金に使う鞴(ふいご)の革に使われるため、本土から入れられ、一気に増えたのだそうです。ムジナ信仰も、佐渡金山の遺産の一つと言えますね。

タヌキ掘り 金銀とうに 堀り尽くし 後に残るは 妖怪ばなし

◎車での湖鏡庵への行き方◎
・県道65号線(南線)を両津から新穂方面へ、天王川を渡って350m程進み、右へ上っていく道を右折
・150m程上ると道路がY字になったところの手前に、右手へ上がる道(ヘアピンカーブのように上っていく道)があり、湖鏡庵の門前(駐車スペース)へ続いています
※財喜坊の祠は、県道に面する参道、もしくはそこから右へ入った上り坂の途中から行けます 

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